1960年代後半に、新宿を中心としたアンダーグラウンドシーンで頭角を現した孤高の女性シンガーが、今回ご紹介する「浅川マキ」です。

アングラ色の強い独特な世界観や美意識は根強く支持され、没後10年となる2020年になっても再発CDのリリースや追悼イベントが催されています。

浅川マキ自身が音質にこだわりを持っていたこともあり、彼女の作品を聴くならレコードが最適です。

今回は彼女の略歴と魅力に加え、レコードの買取相場をご紹介します。

略歴:寺山修司に見出されレコード・デビュー

浅川マキは1942年生まれ、石川県出身の女性シンガー。

美川町役場の年金窓口係の職を辞めて、ほぼ家出のような形で単身上京したのは有名なエピソードです。

寺山修司(劇作家)と寺本幸司(音楽プロデューサー)に才能を見出された後、1968年12月に新宿のアンダーグラウンド・シアター「蠍座(さそりざ)」にて、寺山修司演出によるワンマン公演を3日連続で行いました。

これがきっかけとなり知名度を上げ、1969年7月にシングル盤「夜が明けたら/かもめ」でレコード・デビュー。
新宿のバーやスナックを中心に人気を博し、口コミで徐々に全国的な知名度を獲得していきました。

その後1998年までコンスタントに音源作品を発表。2010年1月17日に急逝するまで、ライブを主体にした音楽活動を続けました。

浅川マキの4つの魅力を紹介

没後10年経った現在も追悼コンサートやイベントが行われ、さまざまな世代のミュージシャンに楽曲がカバーされるなど、根強い人気を持つ浅川マキ。
ここでは、長く愛される彼女のアーティストとしての魅力を4つに分けてご紹介します。

黒人音楽をベースにした独自の歌唱法とサウンド

米軍キャンプやキャバレーなどでシンガーのキャリアをスタートさせた浅川マキは、当初マヘリア・ジャクソンやビリー・ホリデイなど、ゴスペル、ジャズ、ブルースシンガーのスタイルを志向していました。

しかし1969年以降の作品で聴けるのは、そういった黒人音楽をベースとしつつ単なる焼き直しではない歌唱法と、アンニュイで乾いた独自のサウンドです。
他では聴けない浅川マキの個性的な音楽性は最大の魅力のひとつとなっています。

黒を基調としたアートワークとファッション

浅川マキの作品群を見たとき一目で分かるのは黒が基調になっていること。
そして黒髪、黒いドレス、黒くて長いまつ毛のメイクなど、ファッションにも彼女の一貫した美意識を見ることができます。

黒を主体にしたアートワークが、より退廃的でアンダーグラウンドな雰囲気を伝えています。
このセンスを体感するならCDやデジタル配信ではなく、サイズの大きなレコードジャケットで音と共に楽しむのが最適です。

哀愁のある詩の世界

浅川マキの楽曲の歌詩は、ゴスペルやブルースからの影響を思わせる哀愁や悲哀をたたえています。
単なる歌謡曲の枠には収まらない本物の哀歌を聴くことができるのです。

また「朝日のあたる家」「暗い日曜日」「マイ・マン」など、海外楽曲に対して執筆した日本語詩も、単なる訳詩にとどまらない詩作品として高い評価を得ています。

音質に対するこだわり

浅川マキは1998年以降、ベストアルバムや映像作品を除いて純粋な新譜を発表していません。
これは彼女が作品の音質にも非常にこだわっており、CDの音質に懐疑的だったからだと言われています。

このことからも、浅川マキ作品を聴くならアナログレコードが最適な媒体と言えます。

また、彼女は1967年に「東京挽歌/アーメン・ジロー」というシングルで一度デビューしています。
しかし自身のスタイルが反映されていないことから、ディスコグラフィーから外されていました。

こういった作品に対するこだわりや、アーティストしてのスタイルの強さも浅川マキの魅力を形成しています。

浅川マキのレコード買取相場

タイトル参考買取価格
浅川マキの世界(赤盤LP:EP-7767)1,000円
アメリカの夜(シール帯付きLP:WTP-90388)5,000円
NOTHING AT ALL TO LOSE(シール帯付きLP:RT28-5369)10,000円

※買取価格は状態、付属品の有無によって大きく変わります。
また相場状況でも変動がございますので、ご参考程度にお考えください。

まとめ

浅川マキの音楽は、60年代後半の新宿演劇文化を反映したアングラ感とアンニュイな日本語詩を持ち、黒人音楽をベースとしながらも独自の音楽に昇華されています。

独特の黒い世界観はレコードの良い音と大きなアートワークで楽しむのが最適です。
特にブルース、ゴスペル、ジャズ好きならおすすめです。

ぜひ聴いてみてください。